SchLuckAuF !!!(後編)
著者:shauna


これで今日の予定は全て終わった。早々に帰って明日、明に電話して止め方を教えて貰おう・・。そう思いながら瑛琶は理恵と共に夕日に染まる道を降りていく。
幸い、片山荘と瑛琶の家は同じ方向だった。そのため、一年の時は一緒に帰ったりもしたが、2年に上がってクラスが分かれてからはこうして2人で並んで帰るのも久々のことだった。そのせいか雑談にも花が咲く。これでしゃっくりさえなければ完璧なのに・・・・
足取りは進み、カラオケやゲームセンターなどが立ち並ぶ繁華街へと足を踏み入れた時だった・・・。
目の前から彩桜の制服を着た複数の一年生がこちらに向かって歩いてくる。どこかで遊んでいた帰りだろうか?
「ねえねえ知ってる〜」
はしゃぎながら会話をするのは4人の女子だった。
普段なら聞き逃してしまう何気ない雑談。しかし、それがタイムリーな話題となれば自然と耳はそちらに向いてしまうのは人間として仕方のないことだ。
「しゃっくりって100万回すると死ぬんだって〜・・・」
「また〜・・・理羽はすぐそう言う嘘つく〜」
「ホントだってば!!この前読んだ絵本に書いてあったもん!!」
「絵本かよ!?」
「でも、長く続くしゃっくりは危ないよ?」
「おぉ!いつも寡黙な我が友人Bよ!どうしてだい?」
「私の名前・・祝部かなでだから・・例えば、尿毒症とか脳腫瘍なんかの内臓疾患や神経疾患が原因でしゃっくりが発生する場合もあるから、長時間にわたって頻繁にしゃっくりになるような場合は注意が必要だよ。しゃっくりが止まらなくて明日になったらポックリなんてこともあるかも・・・」
「おぉ!!かなでちゃんがボケた!?」
「え?・・」
「しゃっくりとポックリ!!掛けたの!?」
「あ?いや、私、別にそう言う意味で言ったんじゃ・・」
「しかもつまらない!!」
「大きな御世話だ!!」
そんな会話をしながらキャピキャピ騒ぎながら下校していく一年生・・・
瑛琶がその場で足を止めた。
理恵はすかさず、その前に躍り出る。
まっくバカバカしい話だ。しゃっくりで死ぬなんて・・
それに対して、瑛琶は終始、無言だった。
「馬鹿馬鹿しいよね・・しゃっくり程度で人が死ぬわけ・・・」
「・・・・・」
―あれ?―
「あの〜・・もしもし?瑛琶さ〜ん?」
良く見ると体がワナワナ震えているような・・・
「え?あれ?・・もしかして・・・・」
まさかとは思うが・・・・
「話・・・信じてる?」
ブツブツと何かを呟いている。そっとその口元に耳を近づけてみれば・・・
「内臓疾患・・・神経疾患・・・・そっか・・・そうなんだ・・・」
「て・・瑛琶?」
「私・・私・・死ぬんだ・・そっか・・わたし・・・」
「え?あ!!ちょっと待って!!瑛琶!!瑛琶ってば!!」
制止を促す恵理の言葉を振り切って、脇眼も振らずに瑛琶は一気に走りだした。

そもそもしゃっくりを一万回すると死ぬなんて言うけれど、それ自体、お嬢様の瑛琶にとっては初耳だったのだ。
しかも、それに加えて、内臓疾患とか神経疾患の可能性もあると言われれば・・・・
―ヒクッ!・・ヒクッ!―
しかも朝から止まらないし・・・・
―ヒクッ!・・ヒクッ!―
家に着いてからもしゃっくりは留まるところを知らず、ベッドにうつ伏せに寝てからも、ずっと出続けた。まずい・・これはホントに死ねる・・。
呼吸のリズムが乱されるし、頭は痛くなるし、吐き気はしてくるし・・・
これはホントにマズイ・・・。
明日までなんて待ってられないかも知れない・・。
とりあえず、一通り、教えられた方法を試してみたが、当然の如く空振りに終わった。
火が暮れて外が暗くなってもしゃっくりは止まらなかった。
今日は両親2人とも海外出張で帰って来ない。
相談相手もいないし、これでは夕食も摂る気になれなかった。
どうしよう・・・。

ともかく、気を紛らわせなければ・・・
そう思って部屋の明かりと電気スタンドを付けて鞄を開け、とりあえず宿題だけでも片付けようと思っていた時だ
―しまった・・―
学校に宿題提出用のノートを忘れた事に気が付く。
「うっ・・・・ヒクッ!・・・うっ・・・」
もう何か自己嫌悪に陥って泣き出してしまうそうになった。
しゃっくりは止まらないわ、宿題ノートは忘れるわ・・・
おまけに、宿題の提出日は月曜の朝である。
量的にはそれほど多くはないものの、流石に提出できないのはマズイ。
―仕方無い・・。取りに行くか・・―
瑛琶の決断は意外にも早かった。
「もしかしたら、お化けとかでて・・ヒクッ!・・ビックリしてしゃっくり止まるかも・・ヒクッ!・・知れないし・・・」


でも、瑛琶自身見くびっていたのも事実だった。
みなさんは、夜八時過ぎの誰もいない学校に行ったことがあるだろうか?
明かりを灯すのは修直室だけ。
しかも、彩桜の面積は甘く見てはいけない。
初等部、中等部、高等部、大学部まですべてを合わせるとその総面積は某ネズミーリゾートよりも遥かに大きいのだ。
しかも、そこに歴史ある彩桜ならではの古い建物が並び、雰囲気出しまくりで・・昼はホントに一種のテーマパークみたいに見えないこともないけれど、夜になると下手な墓地よりも怖かったりする。
ともあれ、修直室まで行って事情を話すとすぐに教室の鍵を貸してくれて、学校の明かりもほとんど点けてくれて、おまけに警備員まで付けてくれたのでノートの回収というミッションは簡単にクリアできた。
修直の先生にお礼と「さよなら」を言って瑛琶は再び、来た道を戻って行く。
「あ!そうだ!!」
と昇降口を出た所で呼びかけたのは修直の先生だった。
「八時半過ぎたから多分正門施錠しちゃったと思う。わるいけど、裏口から出てくれる?」
「・・ヒクッ!・・・・・わかりました。」
で、その言葉の意味を理解していなかった瑛琶は裏口を目指したわけだが・・・
うん・・すっかり忘れていた。
彩桜学園の裏口に高等部の校舎から行く一番近い道・・。
それは林の中を突っ切る道なのだが・・・
先程の通り、下手な墓地より怖いこの校内で、月明かりも届かない林の中だと恐怖も倍増というか、ビビらずにはいられないと言うか・・
そして、そこに加わる要素として、お忘れかもしれないが、瑛琶はホラーが大嫌いだったりする。
どのぐらいかというと、怖いのが嫌で夏の心霊特番すら見ない始末なのだ。
確かこの道は小さな池につながっていて、そこからさらに進むと林が終わり裏口に出られるはず・・
そうと分かっているのに、やっぱり気は重い・・・
月明かりが届かなくて外灯もないから、光量は限りなくゼロに近いわけだ。
そりゃまあ、暗いのは当たり前だけど、まさか、心臓が縮まりそうなぐらいだとは思ってもみなかった。
二メートル先すら見えないし、茂みとかから蛇でも出てきそうで・・・
前も後ろも右も左も真っ暗という状況に不安はどうしようもなく湧いてくるけど、無理にでも気を紛らわすように瑛琶は精一杯の笑顔を作ろうとして・・・

「――――――――」

「・・・・・ヒクッ!・・・・・」
なんか聞こえた。人の声のようなものが・・・・
もう泣いてるのか笑ってるのか分からない表情になってしまう。
・・というか心の中ではすでに号泣だ。
そわそわと周りに誰も居ないことを確認し・・・
「いや!誰もいなかったら・・ヒクッ!・・逆にダメじゃない!!」
と背筋を凍らせながら自分の行動に突っ込む。
夏の終わり・・・夜・・湿気の多い空気の漂う闇の中・・
アレが出る条件はこれ以上ないぐらいに揃っていた。
もう、あまりの恐さに一気に林を走って突っ切る。
まわりには目もくれず、とにかく走って走って・・

ああ!もう!今日はなんて厄日なんだろう!!

しゃっくりはとまらないし、ノートは忘れるし、おまけにこんな怖い目にまであうなんて・・・・

無我夢中で林を走り抜け、池の脇を通り抜けてやっと裏口がうっすら見え始めた・・。

その時!!

―ドガッ―と不意に何かに当たった。
なんかサンドバックにでも当たったような感触。木ではないらしい・・・
思わず尻もちをついた瑛琶は「痛たたたた・・・」と言いながら、目の前のぶつかったモノを見る・・・
それは白い・・塊・・・・・・ゾっと血の気が引いた。
まさか!!アレ!!アレなの!!
「って〜・・ってあれ・・てる・・」
「キャアァアアァアアァァアア!!!!!!!!!!!!!!!」
もう警備員が走ってきそうな大声で叫んだ。
そして、鞄を開けて手あたり次第、相手に向かって投げつける。
教科書
「うわ!やめ!!」
ノート
「ちょ!まて!」
ペンケース
「おい!それはシャレに!!痛い痛い!!シャーペンが刺さる!!」
終いには鞄で直接ぶつかったモノを殴る始末だ。
「出てけ!!居なくなれ!!消えろ消えろ・・ヒクッ!・・消えろ消えろ・・ヒクッ!・・消えろーー!!!!!!!」
数十回の打撲を喰らわせたところで相手も叩かれていた鞄を見切って両手でつかみ、しっかりとロックされてしまった。
「ヒクッ!・・あ・・・あ・・・・」
もう駄目だ・・お父さん、お母さん、ごめんなさい。瑛琶はしゃっくりで死ぬ前に幽霊に連れ去られます。ごめんなさい、ごめんなさい。
「っ痛ぇ〜な・・・瑛琶・・俺だよ・・・」
聞き覚えある声に涙交じりの顔を上げ相手の顔を確認する。
良い感じに月明かりが射しこんで相手の顔を照らしてくれた。
野球部のユニフォームの上に彩桜指定のワイシャツを羽織り、頭には校章の入った野球帽をかぶった男の子・・それは・・
「明・・・・」
「ったく・・なんなんだよ・・いきなりぶつかって来たと思ったら、いきなり叫ぶは、投げるは、殴るは、泣くは・・・」
「明・・・明!!!!!!」
自分と同じように尻もちをついている明の胸に瑛琶は泣きながら思いきり飛び込んだ。
「おわっ!何だ!!何があった!」
「明、明、明、明、あきら!!!」
暫くワイシャツに顔を押し付けて泣いていた。
汗臭かった気もするが、それ以上に一気に緊張の糸が解けたのだ。
一通り泣き終るまで明はずっと頭を優しく撫でてくれていた。
それがものすごく安心できて・・・護られてる気がして・・・

泣き終ってから瑛琶はまず謝った。
「ごめんね・・殴って・・・」
「いや・・それはいいけど・・とりあえずバイオリン無くて良かったな・・・」
確かにそれは言える・・。アマティを投げつけて壊したりしたらそれこそとんでもないことになるところだった。
「それで、瑛琶なんでこんな時間に?」
「明こそ・・なんでこんな時間に?」
「俺は練習終りで今日、片付けの当番だったから最後まで残ってて、それで、今からシャワー浴びて着替えて帰ろっかな〜って・・・知ってるだろ? 男子野球部の更衣室とシャワールーム、林の中の池の脇にあるんだよ・・。」
そう言えばそうだった。すっかり忘れていたが、池の畔には小さなロッジがある。それが野球部の部室なのだ。
「で?瑛琶は・・・」
「わ・・私は・・・」
とにかく何を話していいのかわからなかった。そして、何を話したのかも覚えていない。あまりに急だったのもあったし・・でも、とりあえず、しゃっくりとノートと林の道が怖かったことだけは説明したことを覚えている。
一通り聞き終えた明は静かにハハッっと笑った。
「何?何がおかしいの!?」
ちょっとムッとした瑛琶をよそに、明は・・・
「ちょっといい?」
と言って瑛琶の腹部に軽く触れる・・。
「胃の下辺りをコントロールするつもりでゆっくり深呼吸してごらん・・・」
―?―
多少の怪訝はあったが、それでも瑛琶は言われた通りにした。そして・・何回か深呼吸していると・・・・
「あれ?・・・・」
不思議な事に・・・・
「しゃっくり・・・」
止まっていた。もう見事なまでにキッチリと・・・・
「まったく・・100万回しゃっくりしたぐらいで死ぬわけないだろ?・・・ギネスのしゃっくり連続記録は毎分40回で68年間なんだから・・・それにその人はしゃっくりが止まってから1年後に老衰で死んでるし・・・」
「だって・・・」
口ではそう言うが、本当に苦しかったのだ。もうどうしようもないぐらい・・・本当に死ぬんじゃないかと思うぐらい・・・
「大体!明が悪いんだよ!!私が困ってる時に遠征なんか行くから・・」
「そうだな・・・ごめん・・」
「え?あ・・いや・・・」
そう正直に謝られると・・・どうにも返し難い・・・・う〜ん・・何か矛先を失ってしまった。
「さて、腹減ったな・・。瑛琶・・夕飯は?」
「あ・・・」
小さな音でお腹がキューと鳴った。
そう言えば昼食に文庫本サイズのお弁当を食べてから何も口にしていない。喉も渇いたし、お腹もペコペコだった。
「帰りになんか食べて帰らないか?」
「ふぇ・・・・あ・・うん!」
笑顔で瑛琶が応える。それはそれは全ての憂いが晴れたとても綺麗な笑顔だった。
「じゃあ、着替えてくるから部室の前で待っててくれるか?ラーメンかなんかでいい?いい店があるんだけど?」
「塩タンメンある?」
「もちろん。」
見れば来た道はいつの間にか月に照らされ、所々から月明かりが漏れ出していた。
それはとてつもなく綺麗で・・・
「バージンロードみたいだね?」
その言葉に明が「なっ!?」と顔を真っ赤にする。
「いいから待ってろよ!すぐに着替えてくっから!!」
「はいは〜い!瑛琶はずっと待ってますよ〜・・大好きな明くんのこと・・」
顔をさらに赤くして明は部室の中へと消えていった。


林が暗いおかげで池からは星が綺麗に見えた。
天の川を隔てて並ぶ琴座と鷲座・・。
その中央にある2つの星を瑛琶は順々にゆっくりと指でなぞる。
―ベガが私で、アルタイルが明―
「ねえ、明・・・ベガって知ってる?」
更衣室の中の明に瑛琶が問いかける。
「織姫のことか?」
「じゃあ、彦星は?」
「アルタイルだろ?・・それがどうかしたのか?」
「ねえ知ってる?ベガってね・・12000後には北極星になるんだよ・・。」
「へ〜・・」
「地球の自転の関係みたいなんだけどね・・・。」
「そうなんだ・・・」
暫くの間があって中から明が応える。
「じゃあ、俺はアルタイルで居たいな・・・」
「え?」
「飛翔する鷲(アルタイル)。そうすれば、今日みたいにベガが困ってる時には助けに行けるだろ・・空を飛びながら・・・」
「アハハ・・・そうだね・・・」
それは他愛のない会話だった。
でも、この時2人は間違いなく同じことを考えていた。
星のようにずっと変わらず傍に居たい。
星のように少しずつ変わる関係でありたい。
それは小さな願いかも知れない・・・。
そして・・それは・・・
お互いの心の一番奥にある願いなのかもしれなかった。


Fin



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